翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第二章

Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




Vorginia1

装甲艦『ヴァージニア』

 写真はまったく残っていないとされる。
 その分、イラストは数多くあるのだが、すべて形が異なると言っても過言ではない。



第二章

「下甲板から上の船体は使いません。すっぱり切り取ってしまってください。残った船体の上に、新しい砲甲板を造ります。その周囲を厚い鉄板で囲えば、敵弾は通りません。…間違いありません。クリミアでは、まさにそういう艦が要塞を打ち破ったのです」
「うむ、ブルック中佐、あなたのおっしゃることは理解できるのですが、これは別な形の船だったのですからね、船体強度とか、釣り合いとか、いろいろと問題があります」
「判っておりますが、これで大西洋を渡ろうと言うのではありません。せいぜいチェサピーク湾で使うだけですから、うねりのことは考えなくてよいのです。問題は、北軍の封鎖艦隊を追い出す手段なのであって、ポトマック川まで行くときには、これが使えないのなら別な方法を考えればよいのです」
「ふうむ、…デッキの上には、どんな形の構造物を乗せるのですか?」
「ここに図面があります。方形の箱で、造りにくいようなものではありません。下甲板はそのままで、中段に砲甲板を造ります」

 工廠の技師は、砲甲板の支持構造に難色を示した。元の構造の肋材を使えるのなら、梁を太くすれば砲の重量くらいは問題にならないが、肋材は下甲板のすぐ上までしかない。その上へ継ぎ足すように傾斜した柱を立て、その中段で砲甲板を支えなければならない。けっして不可能な構造ではないけれども、重量がかさむ。
「この、周囲に張る鉄板はどこで調達するのですか。3インチとおっしゃるが、そんな厚い、大きな鉄板は造れませんよ」
「どのくらいなら…」
「せいぜい2インチ、あまり大きな鉄板にもなりませんね。そんな、あなたがおっしゃるような、幅2フィートなどというものを造るのは無理です。…いいところ6インチでしょう」
「おお…それでは、9インチ砲で簡単に撃ち抜かれてしまう」

 クリミアで活躍したというフランスの装甲砲台は、厚さが4インチないし4インチ半の鉄板で砲廓を囲っていたそうだ。しかし、ここヴァージニアには、そんな大きさの鉄板を加工する設備がない。
「1インチの鉄板を重ねるという案もあるのですが…」
「いや、厚みはなんとかなるのですが、大きさが問題でしてね、そんなに大きな機械がありませんから」
「なるほど。すると限界は、厚さが2インチ、幅が6インチですか。長さはなんとでもなりますね」
「ええ。工場の壁に突き当たらなければね。まあ、レールの長さならできないことはないです。あまり重くなると、持ち上がらなくなりますが」
 長くても25フィート (7.6メートル) だろう。レールの長さとでは問題にならない。数倍重くなるから、それだけだ。それなら対応もできる。

 しかし、そも、鉄がない。鉄はどうするので?
「それこそレールを使います。…そうです。鉄道のです。古レールならアテがあります」
「そりゃあ、かき集めましたからね。なるほど、で、そいつを赤く熱して叩き伸ばしたにせよ、それほど大きなものは造れません」
「そうですか、残念だな。…鉄板が薄いと何が起きるのかは簡単に想像できるのですが、小さいと何が問題になるのですか?」
「ふむ…強い力で押されると、横へ逃げてしまうかもしれませんね。こう、2枚の隙間を押し広げるように」
 技師は、両の手の平を並べ、その繋ぎ目が押し広げられる様子を表して見せた。なるほど。

「背後の構造材にしっかりと固定すれば…」
「いくらかは違うでしょうが、鉄板そのものが曲がってしまいますからね。ねじれるようになれば、間を砲弾がすり抜けてくるでしょう」
「…重ねたらどうでしょうか。…いえ、平行にではなく、縦横を逆にするんです。つまり、一枚目を縦に並べたら、二枚目は横にします。そうすれば、砲弾は通りにくくなりませんか?」
「なるでしょうね。うん、それなら難しくはないかな。…しかし、全体でどれだけの厚みが必要なんでしょうか」
「クリミアでは4インチか4インチ半でしたが、…せいぜい48ポンド砲でしょう。9インチ砲弾は100ポンドくらいあります」

 2インチの厚みの鉄板が手に入るとして、2枚では4インチにしかならない。3枚でも6インチ、それで、9インチ砲弾が防げるだろうか。鉄板自体が小さいということは、余分な厚さが必要だということでもある。
「試してみるしかないかな。背後の構造もどのくらいの強度が必要なのか、見当もつきません。やってみますか」
「是非!」
「けっこうです。資材は手配しましょう。人数はそちらで。…これがモノになれば、素晴らしく強力な軍艦になりますよ」
「そう思います。ご協力、感謝します! 南部連合のために!!」
「はい! 南部連合のために!!」
 見通しを得たブルックは、意気揚揚と事務所を出ていった。技術将校として主に大砲の開発を続けていた彼は、その大砲から身を守るべき鎧をまとった軍艦のアイデアを、実現させようとしている。

… * …


「アイアン・クラッド? なんだね、それは」
「船体を厚い鉄板で囲った軍艦です、大統領。クリミア戦争で、実際にフランス軍が使いました」、ウェルズ海軍長官が答える。
「しかし、鉄板を張るというが、どのくらいの厚みでだね?」
「フランスでは4.7インチ、イギリスでは4インチ半だとか」
「?…どのくらいの重量になるんだ? 船が沈んでしまうだろう」
「例えばフリゲイトをすっぽり鉄板で覆えば、おっしゃるようにとうてい浮いていません。浮力とは関係しない吃水線上の船体を小さくし、そこにだけ鉄板を張るのです。小さくした分、船は軽くなりますから、鉄板重量の代償になります」
「…どういう形になるんだ?」
「上の砲甲板がなくなります。船尾楼も、船首楼も、必要であれば省略します。ずっと背が低くなるのですよ」

「…2層甲板のフリゲイトが、貨物船になってしまうということかな」
「そう言えないこともないですね。フランスの『グロアール』も、イギリスの『ウォーリア』も、低い位置に砲甲板が1層あるだけです」
「なるほど。で、その船は南軍を攻撃するのに、なにか役に立つのかね」
「それはまだなんとも。しかし、彼らがそれを造っているのです。もし、それが目論見通りにできあがるのであれば、残念ながら我々には打ち破る手段がありません、大統領」
「なんだと?」
「攻略できないのです。我々はまだ、鉄の壁で防御された要塞を攻撃したことはありませんが、石の壁と違って、いくら砲弾をぶつけても、せいぜい凹むだけなのです。破壊できません」

「それは、…そんなものを、奴らは造っているのか」
「はい」
「間違いないんだな」
「造っていることは間違いありません、大統領。上手くいくかは未知数でありますが」
 たしかに未知数ではあるのだが、リンカーンは、根拠のない希望的観測に身を委ねる愚者ではなかった。
「失敗すると考えて良い理由は?」
「ありません。実際にフランスやイギリスには存在いたしますので」
「で、我々には造れないのかね?」
「考えております。そのために決裁をお願いしたのですが、突き返されてしまいました。はたして大統領のお耳にまで、このことが達したものかどうか不安に思いましたので、本日、無理を承知でお願いに上がったわけです」

「門前払いだと? どこのバカもんだ! 私はまったく聞いておらん。で、具体的な計画はあるのか」
「いいえ。ただ、興味深い提案はいくつか見ております。成功するか否かは、専門家の意見を仰がなければなりませんが」
「すぐに識者を集めて委員会を作り、吟味したまえ。そのような、失敗が許されない対抗手段であるなら、ひとつに絞らなくても良い。浮かぶ鉄の城だと? そんなものがポトマック川を遡ってきたら、どうすればいいんだ? なんでもいい、有望なのを造らせろ。どれかひとつ成功すればいいんだ」
「おっしゃる通りでございます。では、早速」

 1861年8月3日、すでに『メリマック』の改造が始まっている一方で、合衆国海軍は装甲艦委員会を編成した。彼らは新聞に公告を掲載し、広く民間から装甲艦の設計案を募集する。
 8月29日、スウェーデンからの移民、ジョン・エリクソンは手紙を送り、彼のアイデアを応募した。しかし返事はなく、彼は海軍がまだ昔の出来事にこだわっていて、彼の提案を無視することで意趣返しをしていると考え、この問題から手を引くことにした。

 それは1844年、エリクソンが設計した、時の最新鋭汽帆装軍艦『プリンストン』の艦上で起きた、大砲の爆発事故である。このとき、試射中の12インチ前装滑腔砲ピースメイカーが爆発し、おりから見学のために乗艦していたタイラー大統領たちを危機にさらした。
 大統領は無事だったけれども、海軍長官他5名が死亡して、エリクソンの名は海軍にとって災厄を意味するものになったのだ。爆発した砲はエリクソンが設計したものではなく、調査の結果、エリクソンは責任を問われなかったが、海軍は開発費用の未払い残金の支払いを拒絶し、腹を立てたエリクソンもまた、海軍とたもとを別ったのである。

 9月に入って、エリクソンはコネチカットの鉄道技術者ブッシュネルの訪問を受ける。ブッシュネルは、彼自身の装甲艦の案について、専門家のアドバイスを必要としていたのだ。
「これが、私の装甲艦、『ガレナ』 Galena です。どんなものでしょうか」
 ブッシュネルの提案は、大きく傾斜し、曲面を持った舷側に装甲を張っただけの艦で、取り立てて目新しい試みは少なかった。それでもエリクソンは、計算のベースとなるデータを受け取ると、翌日の再訪を約して、その設計を検討している。

「この艦ならば、計画の重量を十分支えられるでしょうし、想定された距離での6インチ砲弾の打撃にも耐えられるでしょう」
 設計の正当性を認めはしたが、エリクソンはなにか物言いたげであった。
「最大の砲弾による打撃に耐える、装甲艦のアイデアをご覧になっていく時間はおありかな」
「時間はありますが。…どんなものでしょう」
「ちょっとお待ちを。…こういうものですがね」

 エリクソンは埃をかぶった箱を持ってくると、その中から模型を取り出した。
「これは、クリミア戦争の頃に、フランス政府に提案したものです。低い乾舷に回転式の砲塔を備え、厚い鉄板で装甲していますが、その重量を最小限にとどめています。残念ながら、フランス海軍にはこの設計が理解できませんでした。しかし、後にこれをお知りになったナポレオン3世陛下は、私宛にこのような長文の手紙を送られ、アイデアに敬意を表してメダルを贈ってくださいました。これがそのメダルです」
 手紙も、メダルも眺めただけで、ブッシュネルの目は模型に釘付けになっていた。
「これは…素晴らしい。こんな途方もないアイデアが、こんなふうに埃をかぶって眠っていたのですか。いや、私のアイデアなど遠く足元にも及ばない。これほど素晴らしいものを、あなたは海軍に提案していないのですか?」

「しましたがね、返事はありません。ご存知かどうか、私は海軍の嫌われ者ですので、封筒にエリクソンと書いてあったら、それだけで海軍は、中身も見ずに封筒をゴミ箱へ投げ込むのですよ」
「そんなバカな。…キャプテン・エリクソン、私に、これを預けていただけないだろうか。これこそは海軍がたった今、必要としているものだし、海軍の歴史を塗り替えるものです。なんとしてでも、私はこれを海軍に受け入れさせます。私の装甲艦など、これの前では赤子の手をひねるようなものだ」
「しかしね…」
「あなたと海軍の間に何があったか、詳しくはありませんが、まったく知らないわけでもありません。たしか、公式にはあなたに落ち度はなかったはずだ。そんな過去の、しかも逆恨みのようなことで、これほどのアイデアを潰していい法はない。ぜひ、私にやらせてください」

 軍艦技術者としてのブッシュネルは、およそ凡庸の域を出ないだろうが、実業家としての才には目を見張るものがある。彼は弁舌たくましく、エリクソンを説得して模型を借り受けた。エリクソンとて、自分のアイデアが日の目を見るかもしれない成り行きに、異を立てようはずもない。
 ブッシュネルはただちに、信頼できるパートナーとしてグリスウォルドとウィンズローの二人に模型を見せた。この二人はともに、ニューヨークにある鉄工所のオーナーである。
 彼らもまた、ブッシュネルの意見に賛同し、影響力を行使した。ブッシュネルの手紙がニューヨーク州知事の紹介状を添えて、リンカーンへと送られた。大統領はこの手紙に強い興味を示し、3人は非公式の装甲艦委員会へ出席を求められる。

 1861年9月13日、正式のメンバーは二人だけだったが、補佐として数人の海軍高官が居並ぶ前で、ブッシュネルはエリクソンの模型を示し、その効用を説いた。あるものは試してみるべきと言い、あるものは嘲笑した。容易に結論には至らなかったが、リンカーンがこれを評して、「ストッキングを履こうとしている女性が、これって何? って、気をとられるくらいの物だとは思うがね」と言ったので、翌日に委員会が臨時招集されることになる。決定には、委員会の満場一致が必要条件だった。

★あまりあてにならない一説によれば、ある日、お楽しみを終えてストッキングに足を突っ込もうとしていた若い女性が、体をかがめてテーブルの下に一枚の紙切れを見つけ、「ここになんかあるわよ」と、それをリンカーンに渡したという。それこそが、モニターの提案書だったのだそうだ。



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