翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第九章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




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3月9日のハンプトン・ローズ

 正確な戦闘地域や位置関係ははっきりしない。



第九章

 翌朝、引き潮がピークを過ぎ、上げ潮になると同時に、『ヴァージニア』は行動を始めた。負傷したブキャナンとマイナーの経過はよくなく、二人は陸上の病院へ送られ、『ヴァージニア』の指揮はジョーンズ副長が執ることになった。
 煙突には簡単にツギが当てられたが、蒸気捨管は適当なものがなく、吸気筒は吹き飛んだままで、カッターも補充されていない。壊れた砲を取り替えることもできず、衝角もなくなっている。それでも石炭や砲弾は十分にあり、時間を無駄にしなければ、今日じゅうにハンプトン・ローズの掃除は終わるだろう。
 深い水路の近くに錨泊していたから、ジョーンズは引き潮が終わるとすぐに、艦を出動させた。まだ『ミネソタ』は座礁したままで、いくらか傾いたマストが、身動きできないことを示している。わずかに煙は見えるものの、蒸気を上げている様子もない。

 昨日の経験から、ごく低速では舵がないも同然なので、腰を据えて射撃するとき以外は、ある程度行き足を残していなければならないと判っている。無理に大きく舵を切っても、速力が減殺されるだけで、その割に向きが変わらないこともだ。結局、速力にかかわらず、旋回半径が不当なほどに大きいということなのだ。
 大きな損害を受けた『パトリック・ヘンリー』は、艦隊に随伴していない。代わりに砲艦の『ヨークタウン』がついてきている。『パトリック・ヘンリー』は主機のビームも壊されたので、簡単には直らない。簡単には、ではなく、直せないかもしれない。
 まっすぐに『ミネソタ』へ向かい、艦首砲に射撃準備を命じる。潮はまだ満ちはじめたばかりだが、その分、もし腹がつかえても勝手に浮きあがってくれる。『ミネソタ』が蒸気を上げているのか、煙が濃くなった。

「あれは何でしょう。『ミネソタ』の近くに何かいます」
「なんだ?」
 海面に何か、樽のようなものが浮いている。煙は『ミネソタ』からではなく、その樽から上がっているのだが、煙突は見えない。海面からじかに煙が出ているように見える。
「動いています。船でしょうか」
「あれが、か?」
 しかし、その奇妙な物体は、明らかに波を蹴立てて走っている。接近するにつれ、その異様な姿が明らかになった。
「樽が浮いていて、こちらへ走ってきます!」
 見張りの報告もメチャクチャだ。
「とりあえず『ミネソタ』を目標にする。艦首砲、射撃開始!」

 時刻は8時半、まだ距離は2千メートル近くあるが、満ち潮に押されて思うように接近できない。2発発射されたものの、命中はしなかった。この間に、『物体』は『ヴァージニア』へ接近してきている。
「奴に一発撃ち込んでみよう。面舵」
 『ヴァージニア』はゆっくりと回っていく。ほぼ交差方位に乗った。
「舵戻せ。…艦首砲、照準ができたら撃て。艦は直進する」
 潮の流れのために、『ヴァージニア』は川上、左舷へ向かって流される。まだ水路へ入りきっていない『物体』は、まっすぐに接近してくるから、見掛けの方位は流されている分だけ徐々にずれていく。どこかで砲の軸線に重なる。
 ドンッと7インチ砲が発砲した。突き破るように煙の中を抜ける。『物体』のはるか遠くに着弾した。
「射程が合っていないぞ! しっかり狙え。面舵少々」
 『ヴァージニア』はゆっくりと右へ回る。艦首砲は装填で大わらわだろう。この砲には、艦内で一番優秀な砲員を集めた班が配置されている。また照準線が重なった。だいぶ接近している。

 ドカン!
 砲弾は左へ逸れた。まだ長い。
「的が小さすぎます。もっと接近しないと」
「もう時間がないな。右舷砲列、反航戦用意。すれ違いざまに一発かましてやれ!」
 破損した砲は左舷に集中しているから、右舷側では4門が斉射できるが、左舷では2門しか使えない。
 もう敵艦を斜め前方に見る形になっている。艦首砲は射角が取れず、砲門を移動している時間はない。接近した敵艦は、ほとんど乾舷のない低い船体に、円筒形の物体を乗せていると判った。艦首寄りに小さな四角い物体があり、スリットが切られているから、あれが司令塔に違いない。
 円筒形の物体には、明らかに砲門と判る穴があり、そこから砲身が突き出されていた。これが砲塔というものなのだろう。噂には聞いたことがある。そこからは骸骨の目のような黒く丸い穴が、こちらを虚ろに見詰めている。突然、黒い穴からオレンジ色の閃光が走り、昨日聞いたのとは明らかに重さの違う音が装甲を叩いた。衝撃で足場を踏み外しかける。
「だいじょうぶだ! 砲弾は貫通していない! 負けるな、撃てーっ!」
 すれ違いながら、4発が次々に発射される。少なくとも1発は、間違いなく命中した。

… * …


「まっすぐに『ミネソタ』へ向かっているようです」
「接近しろ。風穴を開けてやろうじゃないか」
 鉄製の艦内では、ゴロンゴロンというエンジンの音が艦内どこにいても聞こえる。およそ、静けさとは縁のない艦だ。操舵室の下から声が掛かった。
「砲塔からです! 左右どちらで戦闘になるのかと聞いています」
「右舷だ!…こういう問題があるとはな」
 『モニター』の内部には、情報を伝達するための装置がほとんどない。操舵室と機関室を結ぶ伝声管くらいで、他には舵を操作する索が通っているだけなのだ。
 なによりも操舵室にいる艦長と、砲塔との間に連絡手段がない。そのため、艦長の意図を砲塔へ知らせるには伝令を用意するしかなく、操舵室の下には書記のトフィーが、砲塔の下にはキーラー主計長が詰めている。伝言を受けた書記は、居住区を走り抜けて砲塔の下へ行き、主計長に「戦闘は右舷です!」と叫ぶ。キーラーは真上の砲塔へ向かって、「戦闘は右舷だ!」と怒鳴るわけだ。

 砲塔の側に艦長への伝言がある場合は、これとは逆にキーラー主計長が走る。乗組員を並べて伝言を送るのは、ゲームにもなっているくらいで内容が化けてしまうから、危なくて使えない。少なくとも操舵室から砲塔の下までは伝声管を設置しないと、時間が掛かるばかりだ。
 『ミネソタ』を攻撃していた『メリマック』は、接近した『モニター』へ目標を移したものの、砲弾は当たらない。近距離でのすれ違いざまの一斉射が交換された。
 グワンと大きな音がして、砲弾が砲塔に命中した。物凄い衝撃が伝わり、皆がそれぞれに一点を見詰めるものの、砲塔には何も起きていない。どこへ当たったのかは、内側からではまったく判らない。それでも、どこにも穴など開いていないのは間違いなかった。
「いいぞ! 奴の砲弾は装甲を貫通できないんだ!」
「やったぜ! これで安心して11インチ砲をぶちこんでやれる」

 『モニター』はすぐに向きを変え、『メリマック』を追う。舵効きの悪い『メリマック』は、ゆっくりと左回りに回っていく。速力には大差がないので、簡単には追いつかない。歩いて近付くくらいの感触だ。
「砲塔をあげろ! 右45度に据えるんだ!」
 砲塔の中心軸下端には、クサビを差し込んで、砲塔全体を持ち上げる仕組みが組み込まれている。持ちあがった砲塔は、蒸気機関で旋回するから、多くの人数は必要としない。余分な人数はほとんど乗っていないので、旋回機関が壊れたら、回すのはとんでもない大仕事になる。
 砲塔内へ入れる人数にも限りがあり、11インチ砲の運用は本来16人で行なうようになっていたのだが、これでは砲塔内が立錐の余地もなくなってしまうので、1門あたり8人という最低レベルでの運用をするしかなかった。

 射撃を終えた砲は、反動で砲塔内へ引き込んだ状態にあるが、完全にスライドの末尾までは後退していない。後退しきってしまうということは、砲架のエンドへ衝突するということでもあり、それを繰り返していたら砲架が壊れてしまうので、途中で止まるように摩擦ブレーキを締めているのだ。これを引き戻さないと、砲の前方に装填のためのスペースが不足する。
「砲を引き戻せ! シャッターを下ろせ!」
 ホイストで吊られたシャッターは、分厚い涙滴型の鉄板を吊ってあるだけだから、閉めるのはロープを緩めればこと足りる。降りていく速度をコントロールするだけだ。こうすれば、敵は砲眼孔を狙っての射撃ができない。小銃弾でも、鉄板で囲まれた中へ撃ち込まれれば、跳ね返って誰に当たるか判ったものではない。
「ダメだな。掃除棒がつかえてしまう。シャッターを少し開けろ」
 蓋にはラマーの柄を差し込むための穴が開いているのだが、小さすぎて掃除棒は砲につかえてしまう。ところが蓋を開こうとすれば、斜めにとはいえ重い鉄板を持ち上げるのだから、簡単ではない。人数が掛かってロープを引くものの、狭いので思うようにならず、掃除棒を突き出せるだけに開くのに、ずいぶんと時間が掛かってしまった。

 砲腔を掃除すれば、6.8キログラム (15ポンド) の装薬は、わけなく砲尾へと送り込まれる。さらに「おくり」を押し込み、発射ガスの漏れを減らす。
「砲弾を上げろ! 気をつけろよ!」
 76キログラム (168ポンド) の砲弾は、それほど簡単ではない。専用のホルダーに乗せられた球形の砲弾は、屈強な乗組員が二人がかりで持ち上げる。これを砲口の前に押し当て、ラマーで送りこむのだ。砲にはいくらか仰角をかけるものの、転がりこんでくれるわけではない。
 さらにもうひとつ「おくり」を押し込み、俯角をかけたときに砲弾が転がり出さないようにする。それから滑車装置で砲を押し出すのだ。両方の砲が準備を整え、次の発射ができるまでに7ないし8分は必要だった。陸上の広い場所で、十分な人数がいる場合、これは最短で3分とされている。
 とくに今回は、実戦での初めての発射ということもあり、シャッターの開け閉めに掛かった時間も含まれて、ようやく砲塔のグリーンが「発射準備完了!」と報告するまでに、たっぷり15分は掛かっていた。

 この間に、『モニター』は『メリマック』を斜め後ろから追うような対勢になっている。別段『メリマック』は逃げているのではなく、向き直るのに時間が掛かっているだけだ。その旋回の途中で陸上砲台の射程に入ったため、支援にあたっていた砲艦は追い払われ、緩やかに回る『メリマック』へ、ショートカット・コースの『モニター』が接近する。
 斜め後ろからの射撃は、海面でワンバウンドした砲弾が、傾いた装甲鈑を駆け上がるように当たっただけだった。『メリマック』の砲弾は、斜め後ろの砲門を使った1発だけで、命中しなかった。
 さらに接近し、外回りの『メリマック』に対して、内回りの『モニター』が斜め後ろに食いつく形になる。速力に差があり、『モニター』はどんどん追いついてしまう。
「速すぎるな。外側へ出よう。砲塔へ伝言、『左舷前方で戦闘』だ」

 『モニター』は『メリマック』の艦尾をかわり、右舷後方へ食いつく。外回りになるが、足が速いのでちょうどいい。しかし、いっこうに弾は出ない。
「まだ撃てないのか!」
「急げ!」
 そうは言っても、手順を間違えば暴発することもある。指揮する士官がいくら怒鳴っても、実際に手順を指示する下士官には、手抜きは許されない。やっと3斉射目が撃ち出されたが、たっぷり12分以上かかった。
「このシャッターの開け閉めが無駄ですね。開け放しにすれば、いくらかは速くなります」
「敵に狙われるぞ」
「…この装甲は、どの方向も同じ厚みでしたよね」
「砲眼孔の周りが厚いだけだ。他はどこも8インチだよ」
「それなら、撃つごとに砲塔を回しましょう。そうすれば敵弾は飛び込んできません」
「どういうことだ?」
「砲塔を回して、敵から逸らせたところで装填するんです。それなら開け放しでできるし、外へ出ることもできます」

 砲眼孔には、人がくぐるのに十分なだけの大きさがある。日常には出入り口として使われているのだ。
「よし、一度やってみよう」
 次の砲弾も、当たりはしたが『メリマック』の装甲を破れなかった。
「斜めに当たるから抜けないんだと思うんだ。まっすぐならあるいは…」
 グリーン副長は、砲塔の下から顔が見えるだけのキーラー主計長に考えを伝える。たしかにこの位置なら『メリマック』からは撃たれにくいが、こちらの砲弾も実が上がらない。ウォーデン艦長も、この考えに同意した。
「わかった。並行砲戦だと、向こうのほうが発射速度が速いし、砲も多いからな、不利かと考えたんだが。…ミスタ・グリーンに伝えてくれ。敵を左舷に見て並べるとな」
 速力が速く、旋回性能にも分がある『モニター』は、比較的自由に対勢を選べる。『メリマック』は遅くて鈍いだけではなく、浅瀬も避けなければならないから、水道の中を大きな円を描いて回るだけに近い。速力を上げた『モニター』は、『メリマック』に並びかける。



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