翼をなくした大鷲
CSSヴァージニア物語・第十三章
Unflyable Eagle: CSS Virginia stories 1862




Captain Jeffers

ジェファーズ新艦長

 一番の貧乏くじを引いた人かもしれない。



第十三章

「本当に自爆したんでしょうか」
「間違いないだろう。昨日まではたしかに奴が見えたが、今朝から誰も姿を見ていない。夜中に、誰にも気付かれずに通り抜けられるほど、昨日は暗くなかった。それにあの爆発だ。あれだけの爆発を起こす量の火薬を持っているのは、奴くらいしかおるまい。砲艦連中は、さっさと逃げてしまったんだし」
 武装曳船『ズアーヴ』と『ドラゴン』を先頭にした艦隊は、ケイス司令官の旗を翻しながら、ゆっくりとエリザベス川を遡っていく。大型艦は入ってこられないから、小型の外輪スループや武装曳船の隊列だ。2隻に続くのは、『モニター』、『E・A・スチーブンス』 E.A.Stevens、『サン・ジャシント』 San Jacinto、『サスケハナ』 Susquehanna、『マウント・ヴァーノン』 Mount Vernon、『セミノール』 Seminal、そして『ダコタ』 Dakotah である。
 水路には廃船が沈められており、そのマストが水面から突き出して、障害物の存在を宣言している。

 『モニター』の艦首、改装された操舵室直後の上甲板には、ジェファーズ艦長とグリーン副長が並んで立っている。操舵室のスリットからは、当直士官のストッダーの姿が覗けた。
 スウェルズ・ポイントへ近付く頃には、艦は戦闘配置にあり、緊張を伴っていた。しかし、どこにも南軍の姿はなく、砲声もしない。いくら岸が近いと言っても、大砲ではの話で、小銃で狙撃するには十分に遠い。危険がないと見た艦隊は、兵を配置に残したままだが、戦闘態勢を解いた。
 爆発があった現場には、すでにスループがいて調査を行なっている。爆発したのが『ヴァージニア』であるのか否か、なにかしら手掛かりはあるだろう。
 川幅が狭くなると、両岸の土手にある砲台が不気味だ。まだ南軍の旗が翻っているものの、人影はない。撃ちかけてくる砲もない。

 砲塔の上からケイス司令官が呼びかけてきた。その頭の上には、新しく追加された支柱に支えられた天幕が張られ、強い日差しを遮っている。
「キャプテン・ジェファーズ、一発撃ち込んでみよう。右舷の土手だ。土塁の砲を狙わせろ」
「アイ・アイ…ミスタ・ストッダー、射撃用意。弱装でいいぞ」
 艦が止まり、砲塔が回って、およその位置で止まる。若干の間を置いて、砲塔の上から赤旗が振られた。甲板の二人は砲塔の後ろへ退き、耳を覆う。周りの艦隊でも、皆が耳を塞いでいるだろう。
 この、平和そのものの春の朝に、およそ似つかわしくない轟音が響き、砲弾が土手に土煙を上げた。手前の湿原からバアーッと小さな鳥たちが舞い上がって、青い空いっぱいに広がる。あれだけの数が慌てふためいて勝手に飛びまわるのに、どうしてぶつからないのだろう。風圧に押しのけられた葦がそよぎ、元に戻ると、他には動くものとてない。

 土煙がおさまり、漕ぎだしたボートから一班が上陸した。彼らは砲台に入って行き、ほどなく旗が降ろされると、代わって星条旗が昇っていった。ハンプトン・ローズの『ミネソタ』で待つゴールズボロー司令官へ、クレイニー島周辺の砲台が確かに放棄されていると、確認の報告が送りだされる。
 艦隊はさらにエリザベス川を遡っていく。左右に数多くの入江があり、最初のうちこそ緊張を持って中が覗かれたものの、どこにも『ヴァージニア』どころか、南軍ボートの姿ひとつなかった。艦隊は徐々にリラックスしてくる。
「椅子を持ってくればよかったな」
「デッキチェアですか。さすがに叱られそうですが」
「ひなたぼっこには最高の陽気だぜ」
「そうですがね」
 こんな軽口を言うジェファーズは初めてだ。グリーンは新しい艦長を少し見直した。俺たちは、ウォーデン艦長の幻影に染まりすぎているのかな。

 砲塔のケイス司令官は、グルグル回るオモチャがすっかり気にいったようだ。用もないのに回させて、楽しそうに笑い声を上げている。命のやりとりから解放された反動は、立派な大人を子供に戻してしまうのかもしれない。
 両岸にはどこを見ても土盛りがあり、それぞれに陣地が構築されていたと判る。砲があるものと見えないものがあるけれども、もともとなかったのか、持ち去られたのかは判らない。しかし、これだけの砲台の間を攻め上るとしたら、相当な損害を覚悟しなければならないだろう。
 ときおり先頭の『ゾアーヴ』から、風に流された測深の声が聞こえてくる。本来、この川は深く、工廠へ大型帆船が出入りできるだけの広さもある。今は、妨害のために沈められた船や、川底に植えられた杭が、航行を制限しているのだ。
 左舷に見えるノーフォークの町には、これといって変わったところはない。優美な住宅や、古風な倉庫が立ち並んでいる。戦場にならなかったから、焼けた建物はわずかだ。キーラー主計長が残した手記を紹介しよう。
「静かな美しい日曜の朝だった。教会の鐘が鳴り渡り、大きな倉庫の前をゆっくりと通りすぎると、豪華な邸宅と美しい庭が見えてきた。そして我々は、『メリマック』の故郷、ゴスポート海軍工廠へと到着したのである」

 ノーフォークの町とは裏腹に、対岸の工廠は真っ黒だった。
 1年前、北軍が工廠から撤退したときに壊し損ねた部分は、南軍が丁寧にすべてを破壊していた。とにかく、無事なものは何もないと言っていい。艦隊は川底をさぐり、安全な錨泊地を探して、思い思いに錨を入れる。
 水路の脇には古い『ユナイテッド・ステーツ』が、これだけは破壊もされずに、そのまま残されていた。この大きな船体を水路へ沈めていれば、通り抜けるのは苦労だっただろうが。
 『ユナイテッド・ステーツ』は、1797年の進水だから、すでに65歳という、船としてはひいおばあさんである。独立戦争で名高い、かの『コンスティチューション』や『プレジデント』と同型で、当時でも速い軍艦ではなく、「古馬車 (Old Wagon)」とあだ名されていたほどだ。長いことハルク (倉庫や宿泊施設) として使われていたもので、すでに兵器としての価値はまったくない。

「壊すにしのびなかったのでしょうか」
「そうかもしれんな。去年の我々は火を着けそこなっただけかもしれないが、彼らには十分な時間があったはずだ。燃すにしても、沈めるにしても容易だっただろう。彼らとて、同じアメリカ人として、独立の苦労と誇りを忘れているわけではないということか」
 敵味方に別れてはいても、同じアメリカ人であり、士官学校で同期だった者も珍しくない。今は思想信条の対立によって立場を異にしているけれども、その根本に流れるものには、なんら違いがないのだ。陸軍が占領した町で略奪を働いたとか、女性を襲ったとかいうウワサを聞くと、どちらが正義の軍隊なのか、疑問すら感じてしまう。

 蒸気ランチが回ってきて、一部の艦に錨の位置を変えさせている。わざわざやるには面倒な仕事だ。何があるのだろう。ランチは『モニター』へも近付いてくる。メガホンを持った士官が、艇尾から大声で叫んだ。
「『モニター』の諸君! まもなく大統領一行がここを通過する。登檣礼をとり、失礼のないように出迎えてくれたまえ!」
 ランチはさらに上流の艦へ向かっていってしまったが、どうしろって? 登檣礼って言っても、こいつにはマストなんかないんだが、旗竿へでもしがみつくのか?
「乗組員を甲板へ上げろ。…舷側に並ぶしかないだろう」
 すでに川下に煙が見えている。着替えている時間はないな。
「整列しろ。2列に並んで、互いの服装をチェックするんだ。大統領に拝謁する。失礼があってはならん」
 慌てて着替えにいこうとするものがいる。そんな時間はないぞ。そのままでいいから、服装の乱れだけ整えろ。

 『モニター』の乗組員は、水兵までみな靴を履いている。甲板が鉄板なので、裸足ではケガをしてしまうからだ。ちょっと日差しが当たれば、立っているだけで火傷できる。
 ほどなく、特徴のあるアゴ髭を生やした痩せた大男、リンカーン大統領を乗せたランチが通り過ぎた。きらびやかな制服や、どっしりとした高そうな服の黒ずくめ集団が取り囲んでいる。後で聞いたところでは、チェース財務長官、スタントン陸軍長官、ゴールズボロー司令官、ウール大将といった人たちだったということだ。ひと目で新聞記者と判る連中も一緒だった。
 大統領は『モニター』に敬意を払い、しげしげと見詰めて、「いい仕事だった job well done」と声を掛けていった。乗組員からは、歓呼と打ち振られる帽子の歓迎を受けている。初めて大統領を見る者も少なくなく、艦には奇妙な高揚感がある。



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