ヴィースバーデンの時計
SMS Wiesbaden and The Watch 1916-5-31




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はじめに

 第一次世界大戦が勃発した1914年8月からおよそ2年後、1916年5月31日から翌6月1日にかけて、北海北東部で英独両主力艦隊による大規模な海戦が行なわれた。
 両軍合わせて250隻が、単一の海面で互いに砲弾と魚雷を撃ち合うという、古今に絶する規模の戦闘である。両軍で25隻の軍艦が沈み、多くが損傷した。世に言うジュットランド Jutland 海戦である。
 この呼び名は、日本語では多くが英国式呼称に倣って、ジャットランド、ジァットランドなどと表記され、ドイツ側名称ではスカゲラック海戦である。さらにはデンマークのユトラント半島沖が主戦場であったことから、ユトラント海戦という呼称も存在し、これも決して少数派ではない。

 物語は、この海戦に参加した一巡洋艦を舞台としたものである。彼らはおそらく、この戦いにおいて最も過酷な運命に弄ばれた存在なのだが、一人を除いて全員が戦死したため、その「過酷な運命」の詳細については、まったく明らかになっていない。生還した一人がボイラーの火夫であったため、外部の状況を十分に知らないという側面もあるものの、他にも事情がありそうに思われる。これについては、物語が終わった後で、私見を述べようかと考えてもいる。

 物語のほとんどは、この海戦で沈没したドイツ軽巡洋艦『ヴィースバーデン』上で展開される。もちろん、その具体的状況を示した資料などはなく、判っているのは海域内での相互位置関係と、関わった艦船からの目撃情報でしかない。
 この巡洋艦は、最初の損害で推進力と電力のすべてを失い、敵味方の中間地点で立ち往生するという状況に至ったため、他艦との連絡はほとんど途絶してしまい、詳細な情報は誰にも伝達されなかったのだ。

 この艦は、イギリス、グランド・フリートの主力艦ほとんど全部から射撃され、両艦隊の主力同士が撃ち合う場面を、その中間地点で目撃するという稀有の経験をしている。その存在そのものが、両軍の行動に影響した側面も無視できない。艦そのものは、周囲での戦闘が終わった段階でも浮いており、その後も5時間ないし6時間ほど生き長らえていたらしい。
 私は、その行動と周囲の状況を仔細に調べてみたが、どうやらこの艦は、この海戦における劇的場面の大半を、かなりの好位置で見ていたようだ。そこで、ここではこの海戦の一部を、『ヴィースバーデン』艦上から眺めるという形で記述していく。

 繰り返すが、何も資料などはないので、ここで述べられる状況はすべて架空のものである。登場する人物も、実名なのは各艦隊指揮官とこの艦の艦長だけであり、副長の名前は判明しているものの、大活躍していただくためにあえて名前を変えている。
 『ヴィースバーデン』の内部構造については、適切な詳細資料は見つからず、当時のドイツ海軍軍制についても、私自身が不勉強なため誤りがあると思われるが、この点はご勘弁いただきたい。
 一応、背景にした海戦の推移は、判明している限りで史実に則っているけれども、一部に演出上わずかながら時間を前後させた部分があるし、位置関係をずらしている場合もある。存在しない艦が出現するようなことはないが。
 基本的にこの物語はフィクションであり、おそらくこう見えたはずだという視点で述べているので、資料としては意識しないでいただきたい。また、連載時に不適切だった用語や、若干の言い回しなどを加筆訂正している。

 現在、日本語の文献で、この海戦について詳細を記した書物は市販されておらず、存在するのは古い研究書だけだ。古書店などでも入手は難しく、あっても高価である。若い人たちが、この海戦を知らずに後の戦艦の話をなさるのは、本来あってはならないことなのだが、手軽に入手できる資料がないのだから、これもやむをえないだろう。
 もし、この海戦について詳細な状況を調べたいという希望をお持ちになる方がいらっしゃるなら、情報の入手が可能であることだけはお知らせしておく。大半は外国語文献になるけれども、日本語のものも戦前にいくつか出版されている。多くは英独どちらかに偏った記述なので、双方を照合し、妥当な現実を探るという作業からは逃れられないが。

 一般に、この海戦を述べる場合、各種のデータはイギリス側発表のものに準拠することが多く、特に時刻についてはグリニッジ標準時で記されているものがほとんどだ。しかし、ここでは舞台がドイツ艦上であることと、時計が大きな存在であるために、時間割に関してはあえてドイツ中部標準時間で記述している。このため、通常の書物とは1時間の時差があることをお断りしておく。実際にはドイツでサマータイムが実施されていたようなので、さらに1時間進んでいたかもしれないのだが、確認が取れないので標準時間とした。
 軍艦の艦種呼称については、通常の日本語文献にならって、ドイツにおける大型巡洋艦の一部と小型巡洋艦、水雷艇を、それぞれ巡洋戦艦と軽巡洋艦、駆逐艦と呼び換えている。

 関連情報としては、このホーム・ページの「ワードルーム」に「クィーン・メリーの爆沈」というサイトがあり、同じく「ドッガー・バンク海戦」、掲示板過去ログと艦橋にある「スカボロー・フィア」も参考になろう。物語はだいぶん長いものとなり、分量からすれば薄めの新書版一冊分くらいだろうか。お楽しみいただければ幸いである。



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